ASM(Attack Surface Management)とは?脆弱性診断との違いやシャドーIT検知のメリットを徹底解説
企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)やクラウドシフトが急速に進む中で、サイバーセキュリティの常識が大きく変わりつつあります。これまでの境界型防御だけでは防ぎきれないリスクに対処するために、今、最も注目されているソリューションが「ASM(Attack Surface Management:攻撃対象領域管理)」です。
「うちは定期的に脆弱性診断をやっているから大丈夫」 「ファイアウォールがあるから侵入されることはない」
もし、そのように考えているのであれば、少し危険かもしれません。なぜなら、攻撃者はあなたが「管理しているつもり」の場所ではなく、あなたが「忘れている場所」や「知らない場所」を狙ってくるからです。
本記事では、ASMの基本概念、脆弱性診断との決定的な違い、そしてなぜ今、多くの企業がASMを導入し始めているのかについて、専門用語を噛み砕きながら徹底的に解説します。
そもそもASM(Attack Surface Management)とは何か
ASMとは、「Attack Surface Management」の略称であり、日本語では「攻撃対象領域管理」と訳されます。この言葉を理解するためには、まず「アタックサーフェス(Attack Surface)」という概念を知る必要があります。
アタックサーフェス(攻撃対象領域)とは
アタックサーフェスとは、インターネットなどの外部からアクセス可能で、サイバー攻撃の標的となり得る組織のIT資産の「接点」や「領域」の総称です。
具体的には、以下のようなものが含まれます。
- WebサイトやWebアプリケーション
- メールサーバー、DNSサーバー
- クラウドサービス(AWS、Azure、GCPなど)の公開設定
- VPN装置やルーターなどのネットワーク機器
- ソースコード管理ツール(GitHubなど)やプロジェクト管理ツール
- 開発会社が一時的に作成した検証用サーバー
これら一つひとつが、攻撃者にとっては組織内部へ侵入するための「入り口」となり得ます。ASMとは、これらのインターネット上に散らばった自社のIT資産を、「攻撃者の視点」で継続的に発見・管理・監視する取り組みやソリューションのことを指します。
これまで企業は、社内ネットワークの内側にある資産を守ることに注力してきました。しかし、クラウド利用やテレワークの普及により、守るべき資産がインターネット上に拡散してしまいました。ASMは、このように広がってしまった資産を、ハッカーが攻撃を仕掛ける前の段階で見つけ出し、リスクを可視化するための「攻めの防御」ツールと言えます。
なぜ今、ASMが必要とされるのか?
従来のセキュリティ対策と比較して、なぜASMがこれほどまでに重要視されるようになったのでしょうか。その背景には、IT環境の劇的な変化があります。
1. 資産管理の限界と「シャドーIT」の増加
かつては、社内のサーバルームにある物理サーバーだけを管理していれば十分でした。しかし現在は、事業部門が情シス(IT部門)を通さずに独自にクラウドサービスを契約したり、マーケティング部門がキャンペーンサイトを立ち上げたりすることが容易になりました。
ここで深刻な問題となるのが「シャドーIT」です。 シャドーITとは、IT部門が許可していない、あるいは把握・管理できていないIT機器やクラウドサービスのことを指します。
管理台帳に載っていない資産には、OSのアップデートやセキュリティパッチ(修正プログラム)が適用されず、古い脆弱性が放置されがちです。攻撃者は、堅牢に守られたメインのサーバーではなく、こうした管理の甘い「忘れられたサーバー」や「野良サーバー」を狙って侵入してきます。従来の資産管理手法では、こうした未知の資産を把握することは不可能です。
2. サプライチェーンリスクの高まり
自社のセキュリティが完璧でも、子会社や関連会社、あるいは取引先のセキュリティが甘ければ、そこを踏み台にして攻撃を受けるリスクがあります。特に海外拠点や買収したばかりの企業などは、セキュリティポリシーが統一されていないことが多く、大きなリスク要因となります。ASMは、こうした関連組織の資産も含めて外部から調査することが可能です。
3. 脆弱性公表から攻撃までの「リードタイム」の短縮
新たな脆弱性(セキュリティ上の欠陥)が発見されてから、実際にそれを悪用した攻撃コードが出回るまでの時間は年々短くなっています。1年に1回の定期診断を待っていては、その間に生じた新たな脅威に対応できません。ASMによる「継続的」なモニタリングが不可欠になっているのです。
脆弱性診断やペネトレーションテストとの違い
ASM導入を検討する際に最も多く寄せられる質問が、「脆弱性診断と何が違うのか?」という点です。これらは混同されがちですが、「目的」「対象範囲」「頻度」において明確な違いがあります。
それぞれの特徴を比較して解説しましょう。
脆弱性診断(Vulnerability Assessment)
- 目的: 既知の脆弱性を網羅的に検出すること。OSやミドルウェアのバージョンが古いか、設定に不備がないかを確認します。
- 対象: 「あらかじめ指定された」IPアドレスやURL。
- 頻度: 四半期や年に1回など、スポット的(単発)。
- イメージ: 「人間ドック」に例えられます。「ここを検査してください」と申告された箇所を、精密機器で検査します。しかし、申告漏れ(リストにないサーバー)は検査されません。
ペネトレーションテスト(侵入テスト)
- 目的: 特定の目的(例:機密情報の奪取やシステム停止)が達成可能か、実際に侵入を試みること。
- 対象: 特定の重要システムやWebアプリケーション。
- 頻度: 年に1回やシステムリリース時など、スポット的。
- イメージ: 「避難訓練」や「実戦演習」に例えられます。高度なスキルを持つホワイトハッカーが、実際の攻撃者と同様の手法で深掘りします。コストが高く、全資産に行うのは現実的ではありません。
ASM(Attack Surface Management)
- 目的: 未知の資産を含む、公開資産全体の状態把握とリスク管理。
- 対象: 「組織が保有する全ドメインやIP」に関連するすべて(関連会社やシャドーIT含む)。
- 頻度: 継続的(毎日、毎週など)。
- イメージ: 「警備員の巡回」や「監視カメラ」に例えられます。一つひとつの精密検査をするわけではありませんが、「鍵が開いている裏口はないか」「知らない窓が増えていないか」を常に監視し続け、変化を検知します。
【決定的な違い】 脆弱性診断は「自分たちが知っている資産が安全か」を確認するものです。対してASMは「そもそも自分たちが持っている資産は何か、そしてそれは安全か」を確認するものです。 IT担当者が把握すらしていなかった「未知の資産」を発見できるのは、ASMだけが持つ特長です。
IT運用担当者が喜ぶASMの3つのメリット
ASMソリューションを導入することは、セキュリティレベルの向上だけでなく、日々の運用業務の負担軽減にも繋がります。ここでは、現場のIT担当者にとって嬉しいポイントを3つ紹介します。
1. 運用環境への負荷が極めて低い(パッシブスキャン)
脆弱性診断ツールの中には、システムに対して大量のパケット(通信データ)を送りつけることで擬似的な攻撃を行い、反応を見るものがあります。これを「アクティブスキャン」と呼びますが、稀にサーバーに負荷がかかりすぎてサービスが停止してしまうリスクがあり、実施タイミングの調整に神経を使います。
一方、多くのASMツールは「パッシブスキャン(受動的スキャン)」という手法を主軸にしています。 これは、対象のサーバーに直接アクセスして攻撃を試みるのではなく、インターネット上に既に公開されている情報(OSINT:オープン・ソース・インテリジェンス)を収集して分析する手法です。
例えば、DNS情報、WHOIS情報、SSL証明書のログ、検索エンジンのキャッシュ情報などを解析します。これにより、稼働中の本番環境(プロダクション環境)にほとんど負荷をかけることなく、安全に調査を行うことが可能です。「診断中にサーバーが落ちたらどうしよう」という不安から解放されるのは、運用担当者にとって大きなメリットです。
2. 利用開始が非常に容易である
従来のセキュリティ製品は、サーバーにエージェント(監視用ソフト)をインストールしたり、ファイアウォールの設定変更を行ったり、あるいはアプライアンス製品をデータセンターに設置したりと、導入までのハードルが高いものが大半でした。
しかし、ASM(特にSaaS型で提供されるもの)は、利用開始が驚くほど簡単です。基本的には、「自社のメインとなるドメイン名(例: hoge.co.jp)」や「組織名」をツールに入力するだけで開始できます。
これだけで、ツールが自動的にインターネット上の情報をクローリング(巡回収集)し、資産の探索を開始します。事前のネットワーク構成図の用意や、複雑な設定作業はほとんど必要ありません。
3. ドメインやIPから自動的に「芋づる式」に診断
ASMの真骨頂は、その探索能力にあります。一つのドメイン名を入力すると、そこから関連するサブドメイン、紐付いているIPアドレス、さらにはそのIPアドレスが過去に使用していたドメイン情報などを辿り、企業が保有する資産を「芋づる式」に洗い出します。
- 「このサブドメインはAWSのこのIPアドレスで動いている」
- 「このIPアドレスには、古いWebサーバーソフトが動いているポートが開いている」
- 「SSL証明書の期限が切れそうなサブドメインがある」
このように、IT部門が管理台帳に記載し忘れていたサーバーや、開発ベンダーがテスト用に作成したまま放置しているクラウドインスタンスなどを自動的に発見します。人手による棚卸しでは決して見つけられなかった「シャドーIT」を、ツールが自動で見つけ出してくれるのです。
ASMの運用プロセス(4つのサイクル)
ASMは単にツールを入れて終わりではありません。一般的に以下の4つのプロセスを回すことで、効果を発揮します。
- 発見(Discovery) ドメイン、IPアドレス、SSL証明書などの情報をもとに、組織に関連する外部公開資産を網羅的に洗い出します。ここでは、子会社や関連会社、さらにはサプライチェーン上の資産も含めることができます。
- 分類・資産化(Inventory) 発見された資産が何であるか(Webサーバーなのか、VPN機器なのか、テスト環境なのか)を分類し、資産リストを作成します。また、それが「自社の管理下にあるべきものか」あるいは「削除すべきものか」を判断します。
- リスク評価(Risk Assessment) それぞれの資産に潜むリスクを評価します。既知の脆弱性(CVE)が含まれているか、不要なポートが開いていないか、設定ミスがないかなどをチェックし、対応の優先順位(危険度)を決定します。
- 監視・対応(Monitoring & Remediation) 環境は日々変化します。新たなサーバーが立ち上がったり、新たな脆弱性が発表されたりします。ASMはこれらを継続的に監視し、変化があった場合にアラートを出します。IT担当者はそのアラートに基づき、パッチ適用やポート閉鎖、あるいは不要なサーバーの停止といった対応を行います。
どのようなシーンでASMを活用すべきか
ここまで解説した特徴を踏まえ、具体的にどのような企業や状況でASMが役立つのかを整理します。
クラウドサービスやSaaS利用が活発な企業
AWS、Azure、GCPなどのパブリッククラウドを利用している場合、設定ミス(Cloud Misconfiguration)が命取りになります。「S3バケットの設定ミスで顧客情報が公開状態になっていた」という事故は後を絶ちません。ASMはこうした外部公開設定の不備を検知するのに非常に有効です。
M&A(企業の合併・買収)時のデューデリジェンス
他社を買収する際、買収先企業のIT資産にどのようなリスクが潜んでいるかを調査する必要があります(ITデューデリジェンス)。相手企業のシステム内部に深く入り込む診断は時間がかかりますが、ASMであればドメイン名さえ分かれば、非侵襲的(相手の環境を触らない方法)かつ短期間に、買収先のセキュリティリスク(「隠れ負債」としての脆弱性)を概観することができます。
グループ会社や海外拠点のガバナンス強化
本社(日本)から物理的に離れている海外拠点や、システムが統合されていない子会社のセキュリティ管理は困難です。ASMはインターネット経由で診断を行うため、物理的な場所に関係なく、グループ会社全体のセキュリティ状況を本社から一元的に可視化・監視するのに最適です。「本社は把握していないが、海外支社が独自に立てたサーバー」なども発見できるため、グループガバナンスの強化に直結します。
まとめ:攻撃者と同じ視点を持つことが防御の第一歩
サイバー攻撃の手口は日々進化し、巧妙化していますが、攻撃者の行動原理はシンプルです。彼らは常に「最も弱いところ」を探しています。それは、最新のセキュリティ機器で守られた正面玄関ではなく、誰も管理していない裏口(シャドーIT)や、鍵のかかっていない窓(設定ミス)かもしれません。
ASMは、そうした「攻撃者が見ている景色」を、攻撃される前にIT担当者に見せてくれるソリューションです。
- 運用環境に負荷をかけない
- ドメインを入れるだけで簡単に始められる
- 自分たちが知らない資産(シャドーIT)まで見つけてくれる
これらの特徴を持つASMは、複雑化するIT環境と人手不足に悩む現代のIT部門にとって、非常に強力なパートナーとなります。
定期的な健康診断(脆弱性診断)ももちろん重要ですが、それ以上に「日々の体調変化」や「自覚していない不調」に気づくための仕組みとして、ASMの導入を検討してみてはいかがでしょうか。自社のデジタルな足跡を正確に把握することこそが、セキュリティ対策の最も確実な第一歩となるのです。